東京高等裁判所 平成9年(ネ)2030号 判決 1997年12月18日
控訴人(被告) 株式会社富士銀行
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 嶋倉釮夫
三島枝里香
被控訴人(原告) X
右訴訟代理人弁護士 立川正雄
前田一
鈴木軌士
前田康行
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
二 事案の概要は、当審における当事者双方の主張を次のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」第二の事案の概要の項に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人
(一) 控訴人とa株式会社(以下「a社」という。)との間の昭和六〇年一月二五日付け銀行取引約定による取引に基づきa社が控訴人に対して負担する現在及び将来の債務について、被控訴人が控訴人に対し同日付けでした包括、無期限、無限定の連帯保証(以下「連帯保証Ⅰ」という。)について
保証人である被控訴人は、主債務者であるa社の代表者の実母で、a社の役員でもあり、かつ資産家である。被控訴人はかかるa社との密接なつながり及びその資力を前提として担保提供者、保証人になり、控訴人としてもかかる被控訴人であることにより限度額のない保証人になってもらったのである。そして、連帯保証Ⅰと極度額一〇〇〇万円の根抵当権設定を受けてa社へ融資実行されたのは、当初五〇〇万円であったが、昭和六〇年五月に一二〇〇万円、同年八月に五〇〇万円、同年一二月に三〇〇万円と短期間に追加融資が実行され、B土地(以下「B土地」という。)に極度額合計三〇〇〇万円の追加担保設定がされていること、a社は、控訴人と取引を始めたころから不動産の買取り転売も業とするようになり、旺盛な資金需要が当然見込まれていたことなどを考えれば、連帯保証Ⅰ及び極度額一〇〇〇万円の根抵当権設定契約締結時において、控訴人がa社と取引を継続することによって取得する債権が一〇〇〇万円程度にとどまることを想定していたような事実は到底認められない。
(二) 控訴人とa社との間の平成元年三月三一日付け当座貸越契約(Fライン契約)に基づきa社が控訴人に対して負担する債務について、被控訴人が控訴人に対し同日付けでした連帯保証(以下「連帯保証Ⅱ」という。)について
C(以下「C」という。)は、実母である被控訴人の事前、事後の了解なく保証を含めて責任を負わせたことはない旨一貫して明確に述べており、仮にFライン契約書(乙第七号証)が当初は印章冒用によりCによって作成されたものでも、少なくとも事後的には被控訴人がこれに了解を与えたことは、Cの証言により明らかである。
2 被控訴人
(一) 連帯保証Ⅰについて
被控訴人は、子であるCから頼まれて、母親の情として担保を提供し、保証契約を締結したというだけであり、控訴人からも十分な説明を受けていなかった。そして、被控訴人は、主債務者のa社の経営には全く関与しておらず、名ばかりの取締役であり、しかも、不動産市況や法律について何ら精通していなかったので、主債務者において資金需要が予定されていたからといって、被控訴人はそれを予期又は認識していなかった。
(二) 連帯保証Ⅱについて
被控訴人がFライン契約書(乙第七号証)に署名しなかったことは明らかであり、事後的に承諾を与えたこともない。そもそも、被控訴人が無限定に保証責任を負うかどうかにつき、事前に承諾がなかったこと自体が問題であり、このことからみても、被控訴人が控訴人から事前に十分な説明を受けていなかったことが明らかである。
三 証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
四 当裁判所も、被控訴人の本訴請求(但し、控訴人の控訴に係るものに限る。)は理由があるからこれを認容すべきであると判断するが、その理由は、次のとおりである。
1 連帯保証Ⅰについて
(一) <証拠省略>によれば、次の事実が認められる。
(1) Cは、昭和五七年一二月a社を設立し、設立時から現在に至るまで代表取締役に就任している。a社は、設立当初は不動産売買の仲介のみを行っていたが、昭和六一年ころからは不動産売買をも行うようになった。
被控訴人は、Cの母であり、a社の設立時から平成四年ころまでその取締役に就任していたが、その経営については実質的に関与していなかった。
(2) 被控訴人は、昭和六〇年一月二四日、控訴人との間で、その所有するB土地につき、根抵当権者を控訴人、債務者をa社とし、極度額一〇〇〇万円、債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約を締結し、同月二六日その旨の登記が経由された。
また、被控訴人は、昭和六〇年一月二五日、控訴人との間で、控訴人とa社との間の同日付け銀行取引約定によりa社が控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務を連帯保証する旨の条項を含む保証契約(連帯保証Ⅰ)を締結した。連帯保証Ⅰにつき作成された保証書(乙第二号証)は被控訴人が同月二四日これに署名捺印をしたのであるが、右保証書には、約定として、「保証人が本人と貴行との取引についてほかに保証をしている場合には、その保証はこの保証契約によって変更されないものとし、また、ほかに極度額の定めのある保証をしている場合には、その保証限度額にこの保証を加えるものとします。」との文言が記載されている。
控訴人は、昭和六〇年一月二六日、a社に対し、五〇〇万円の融資をした。
(三) そして、控訴人は、昭和六〇年五月一六日、a社に対し、一二〇〇万円の追加融資をしたが、被控訴人は、右融資に先立ち、同月八日、控訴人との間で、B土地につき、根抵当権者を控訴人、債務者をa社とし、極度額二〇〇〇万円、債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約を締結し、同月一〇日その旨の登記が経由された。
その後、控訴人がa社に対してした追加融資は次のとおりであるが、現在、a社は、営業活動を事実上停止していて、平成二年一二月二八日に受けた五〇〇〇万円の融資が弁済されないまま残っている。
昭和六〇年八月三〇日 五〇〇万円
一二月二五日 三〇〇万円
六一年九月二九日 二〇〇〇万円
一二月八日 六〇〇〇万円
一二日 八〇〇万円
六二年三月二八日 二〇〇〇万円
八月一一日 七〇〇万円
一二月八日 四五〇〇万円
六三年三月二五日 五〇〇〇万円
平成二年一二月二八日 五〇〇〇万円
(4) 被控訴人は、控訴人との間で、被控訴人が所有する原判決別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)につき、(ア) 昭和六二年三月三〇日、根抵当権者を控訴人、債務者をa社とし、極度額三億円、債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定契約を締結し、同年四月二日その旨の登記が経由され、(イ) 同年一〇月六日、極度額を三〇〇〇万円とするほかは右同様の内容の根抵当権設定契約を締結し、同月七日その旨の登記が経由され、(ウ) 昭和六三年三月二五日、極度額を一億円とするほかは右同様の内容の根抵当権設定契約を締結し、同月二八日その旨の登記が経由された。なお、本件土地建物については、昭和六〇年二月一九日、控訴人から、利息年七・〇パーセント、損害金年一四パーセントの約定でCが一五八〇万円、被控訴人が九二〇万円をそれぞれ借り入れ、被控訴人は、右各借入金債務を担保するために抵当権を設定し、同月二〇日その旨の登記が経由されている。
(5) 被控訴人は、昭和六二年一〇月八日、b株式会社に対し、B土地を売却して、控訴人に対し、a社の控訴人に対する債務の弁済として右売却代金から一〇〇〇万円を支払った。
(6) 控訴人の担当者は、平成二年一二月二八日に融資した五〇〇〇万円の返済期限が平成四年一二月三一日に到来することから、Cに連絡をとったところ、同人から、返済期限の延期の申入れを受けたので、内部で検討して右申入れに応じることにし、Cに対し、右延期のための変更証書の用紙を交付し、その連帯保証人欄にC及び被控訴人が署名捺印をして提出するよう求めた。しかしながら、被控訴人が右用紙の連帯保証人欄に署名捺印をしなかったので、控訴人の担当者は、平成五年一月八日、被控訴人方を訪問し、連帯保証Ⅰ及びⅡの具体的な内容等について説明したが、結局、Cからは、連帯保証人欄に被控訴人の署名捺印のない変更証書(乙第一〇号証)が提出された。なお、控訴人が平成二年一二月二八日a社に対し五〇〇〇万円を融資した際に作成された金銭消費貸借契約証書(乙第八号証)の連帯保証人欄には、被控訴人の署名捺印がなく、空白のままであった。
(二) 右認定の事実に基づき検討する。
被控訴人は、B土地についての極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約書とは別個に、連帯保証Ⅰに係る保証書を作成しているところ、連帯保証Ⅰは、控訴人とa社との間の銀行取引約定によりa社が控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務を連帯保証する旨の条項を含むもので、保証期間及び保証限度額の定めはなく、かつ、保証書には、約定として、「保証人が本人と貴行との取引についてほかに保証をしている場合には、その保証はこの保証契約によって変更されないものとし、また、ほかに極度額の定めのある保証をしている場合には、その保証限度額にこの保証を加えるものとします。」との文言が記載されている。
しかしながら、被控訴人において、控訴人の担当者から、連帯保証Ⅰが控訴人とa社との間の銀行取引約定によりa社が控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務を連帯保証するものであるなど連帯保証Ⅰの具体的な内容についての説明を受け、その内容を十分認識した上で連帯保証Ⅰに係る契約を締結したものであるかどうかは明らかでない(なお、控訴人は、控訴人の担当者が平成五年一月被控訴人に対し、連帯保証Ⅰの具体的な内容について説明しその了解を得たと主張しているところ、前記認定の事実によれば、控訴人の担当者が、平成五年一月八日、被控訴人方を訪問し、連帯保証Ⅰ及びⅡの具体的な内容等について説明したが、Cからは、連帯保証人欄に被控訴人の署名捺印のない変更証書が提出されたというのであるから、被控訴人が連帯保証Ⅰの内容を了解したものということはできない。)。そして、B土地については、昭和六〇年一月二四日の極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権のほかに、同年五月八日に極度額二〇〇〇万円とする根抵当権が設定され、また、本件土地建物について、同年二月一九日に債権額を一五八〇万円及び九二〇万円とする各抵当権、昭和六二年三月三〇日に極度額を三億円とする根抵当権、同年一〇月六日に極度額を三〇〇〇万円とする根抵当権並びに昭和六三年三月二五日に極度額を一億円とする根抵当権がそれぞれ設定されているのであって、昭和六〇年一月二四日に極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結した当時、被控訴人は右極度額とした一〇〇〇万円をはるかに上回る余剰価値のある不動産を有していたものというべきであるから、仮に右根抵当権設定契約を締結した当時においてa社に対する融資が一〇〇〇万円をはるかに上回ることが見込まれていたとすれば、融資が見込まれる額をその極度額とするなど、控訴人においてより確実に融資に係る債権の回収を確保するような手段をとるのが通常であると考えられるが、それにもかかわらず、控訴人は、あえて、極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結しているのであり、このことに、a社が設立当初は不動産売買の仲介のみを行っていたが、昭和六一年ころからは不動産売買をも行うようになり、これに伴い、控訴人による融資の額が極端に増加していることを併せ考えると、右の一〇〇〇万円という極度額は、当時不動産売買の仲介のみを行っていたa社が一〇〇〇万円程度の融資を受けることを想定し、右程度の範囲内において、被控訴人の所有する不動産の担保価値を把握すれば足りるものとして定められたと考えることができる。また、連帯保証Ⅰにつき作成された保証書(乙第二号証)は、被控訴人が昭和六〇年一月二四日これに署名捺印をしたのであるから、連帯保証Ⅰに係る契約は、極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約とともに締結されたものであるというべきところ、右各契約はいずれも銀行取引約定により控訴人がa社に対して取得する債権の回収を確保するためのものであるから、そうであれば、本件の事実関係のもとにおいては、被控訴人が、根抵当権設定契約書とは別個に連帯保証Ⅰに係る保証書を作成し、右保証書の文言上保証の限度額が明示されず、かつ、前示の約定の記載があるとしても、特段の事情のない限り、客観的にみて、連帯保証Ⅰの限度額はこれとともに締結された根抵当権設定契約の極度額である一〇〇〇万円と同額であると解するのが合理的であり、かつ、連帯保証Ⅰは、被控訴人の一般財産をも引き当てにして、物的担保及び人的保証の両者又はそのいずれかから一〇〇〇万円の範囲内の債権の回収を確保する趣旨で締結されたものと解するのが合理的であるというべきである。
本件において、被控訴人は、a社の代表取締役であるCの母であって、連帯保証Ⅰに係る契約締結当時、a社の取締役に就任しており、また、控訴人は、a社に対し、連帯保証Ⅰに係る契約締結の日の翌日に五〇〇万円を融資したほか、昭和六〇年五月に一二〇〇万円、同年八月に五〇〇万円、同年一二月に三〇〇万円など平成二年一二月二八日までに前後一一回にわたり追加融資をし、右融資に関し、B土地につき昭和六〇年五月八日に極度額二〇〇〇万円とする根抵当権、本件土地建物につき昭和六二年三月三〇日に極度額三億円とする根抵当権、同年一〇月六日に極度額三〇〇〇万円とする根抵当権及び昭和六三年三月二五日に極度額一億円とする根抵当権をそれぞれ設定している。しかしながら、被控訴人はa社の経営に実質的に関与していなかったことなど前記認定の事実にかんがみると、被控訴人がa社の代表取締役の母であり、a社の取締役であったからといって、直ちに、連帯保証Ⅰの限度額に制限がないものと解するのは相当でなく、また、控訴人は、a社に対し連帯保証Ⅰに係る契約締結の日の翌日に五〇〇万円を融資したほか、平成二年一二月二八日までに前後一一回にわたり追加融資をしているところ、控訴人は、前示のとおり、追加融資に当たり必要に応じてその都度、被控訴人から根抵当権の追加設定を受けているのであるから、連帯保証Ⅰの限度額に制限がないとの前提のもとに右の追加融資をしたものということはできないというべきであり、したがって、前記のような事情があるとしても、連帯保証Ⅰの限度額に制限がないものと解するのは相当ではなく、他に連帯保証Ⅰの趣旨を前に述べたところと別異に解すべき特段の事情もないというべきである。
そうであれば、連帯保証Ⅰの限度額はこれとともに締結された根抵当権設定契約の極度額である一〇〇〇万円と同額であり、かつ、連帯保証Ⅰは、被控訴人の一般財産をも引き当てにして、物的担保及び人的保証の両者又はそのいずれかから一〇〇〇万円の範囲内の債権の回収を確保する趣旨で締結されたものと解するのが相当である。控訴人の主張は、右と異なる見解に立つものであって、採用することができない。
したがって、被控訴人は、控訴人に対し、a社の控訴人に対する債務の弁済としてB土地を売却した代金から一〇〇〇万円を支払っているのであるから、連帯保証Ⅰによる被控訴人の保証債務は当然に消滅したものである。
2 連帯保証Ⅱの成否について
右争点に対する当裁判所の認定判断は、原審の認定判断と同一であるから、原判決一三頁一行目から一五頁二行目までを引用する。控訴人は、Cは、実母である被控訴人の事前、事後の了解なく保証を含めて責任を負わせたことはない旨一貫して明確に述べており、少なくとも事後的には被控訴人がこれに了解を与えたことは、Cの証言により明らかであると主張するが、右の点に係る証人Cの原審における供述部分は、あいまいであるのみならず、反対趣旨の原審における被控訴人本人尋問の結果に照らして、たやすく採用することができず、他に、被控訴人が連帯保証Ⅱを了解したことを認めるに足りる的確な証拠はない。
五 よって、被控訴人の連帯保証Ⅰ及びⅡに係る各債務不存在確認請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 岩井俊 高野輝久)